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ネトゲ戦記 第二部「ゲームと才能③」

彼はブラウザ三国志では、たぶん本気を出してプレイしたことがない。何故かと言うと、当時工夫と呼べる工夫をした覚えがほとんどないのだ。だからほとんど覚えていない。彼は興味のないことはすぐ忘れてしまう。人の名前を覚えるのも苦手だ

 

ネトゲ戦記を書くにあたって、当時の空白日記を読み返して、ああそういえばこんな事書いてたなと思い出すくらいで、どちらかというとチャットでドヤ芸を磨いてたことの方が覚えてたくらいだ。ブラウザ三国志は彼の才能とマッチしすぎていた。何の工夫もせずとも当然なことだけすれば最強だった。

 

彼は一言で言ってしまえばその時のノリだけで遊んでいたし、いつ負けても良いという気持ちで不合理なこともしたし、外交は全てその場の気分で返事を書いていた。周りのネチネチしたプレイが気持ち悪かったのもある。

 

大戦争の開始も、そんな気分になったから今から戦争やるぞくらいのノリで初めたと思う。FF11があまりにも気持ち悪く、彼にやりたくないプレイをさせたので、やりたい事だけやろうという気持ちが強かった。ブログも、あまりにみんなゲームが下手すぎて呆れたから教えてあげるつもりで書いていた。

 

ただ、そんな好き放題さこそが彼の強みで、全ての判断を直感に任せた結果、ゲームがつまらなくなるくらい結果を出せた。たぶん、ブラウザ三国志を引退した後gloops転職とグラニ起業へと繋がるので、彼は自分の才能を最も活かせる形で試してみたかったのだと思う。

 

ああ、だから、ブラウザ三国志で手を抜いたというわけでもなく、ブラウザ三国志で初めて彼は縛りなく全力でプレイしたとも言える。実際にブラウザ三国志をプレイした後、gloopsに転職してからは、彼は自分はゲームの天才だと自分から言うようになった。自分の自信を賭けて勝負するようになった。

 

ブラウザ三国志は本当に狂った設計をしており、ある意味UOよりもシビアな、ACのようなゲームだった。ゲーム内で戦争に負けると、そのアカウントはそれまで積み上げた資産価値をほぼ失うのだ。まあ、本当にやる気があれば次の期から再起も図れるかもしれないが、シビアすぎるサバイバルゲームだ。

 

だからこそ彼は勝てた。なぜかというと、皆このサバイバルゲームで負けるのが怖すぎて、あまりにも保守的で、昔の成功例に全てにおいて依存していたのだ。彼は鯖最強の同盟盟主として様々な同盟とやり取りをしたが、名前と性格が違うくらいで、やってることは皆同じだった。

 

そう、ブラウザ三国志についてつまらないと思ったのは、みんながみんな、新しいことをしないことだ。だから、隣の鯖だかで、最初期のセオリーではない時期に戦争を仕掛けた話に彼が強く興味を持ったのは新しいからだ。残骸を見る限りでは、ドワクエでさえ見るべきところはなかった。

 

デュエルという新しい仕組みで最強を目指したプレイに少し興味を引かれたのも、それが新しかったからで、ブラウザ三国志はゲームとして熾烈で新しすぎた故に、プレイヤーがあまりにも保守的になって、ほとんど成長しなかったゲームだと思う。

 

まあ、自分だけでなく、同盟員全員の命運も背負って、最悪ボロボロに負けた場合は何十人何百人にこのゲームを引退させてしまう立場なんだから、しょうがないといえばしょうがないのかもしれないが。彼はもうFF11で全プレイヤーのトップという立場を知っていたから、関係なかった。

 

セガで面白い仕事も出来ず燻っている苛立ちをぶつけたかったのかもしれない。だから、皆ビクビクと保守にならざるを得ないゲームで、全ての束縛から自由で最強のゲーマーである彼が負ける可能性は無かったのかもしれない。実際、とても気持ちよく勝てたことは覚えている。

 

まあこういうのも、こうして振り返ったらこう思うというだけで、当時は大戦中なんて目覚ましを30分ごとにかけて、10分起きて操作しては20分寝るなんていう、ブラウザ三国志プレイの極みともいえる遊び方をしてたし、たぶん仲間内で最も必死にプレイしてたのは彼なのだと思うが。

 

ブラウザ三国志は、MMOが衰退し、"対等"に知恵を絞り尽くしあって戦えた最後のゲームだと思う。ここでは、対戦格闘ゲームやMOBAのようなスポーツゲームや、トランプの範囲でしかプレイできないカードゲームは除き、出来ることが一般人には多すぎてついていけない"ゲーム"の話だ。

 

ちなみに、そういうゲームは死滅したのかというと、最も大きなものが残っているし、人類社会が続く限り存在する。それは社会であり、仕事であり、人生だ。ゲームは、それらのシミュレーションに過ぎず、ゲームを遊び尽くして飽きたなら、仕事というゲームを遊ぶべきなのだ。

 

彼は芸術のようなランス10のようなゲームも、反射神経を要求してくるアクションゲームも、ソシャゲのような暇つぶしも今でも好きだし、ゲーム全てを愛しているが、彼が本気になりたいのは過去のUOやFF11やブラウザ三国志で、それはもう無くなったから、ネトゲはブラウザ三国志で引退した。

 

そして彼は自分の才能を、ベンチャー企業での仕事というゲームに注ぎ込んでみる決心をした。望まなかったにせよ、裁判というゲームも長くプレイすることになった。仕事は今でも新しい発見があって面白いが、裁判は出来ればもうやらずに済めばいいなと思う。

 

裁判というゲームは、彼は必死になって戦ったし、彼の才能が向いてる部分もあるとは思うのだが、弁護士として経験を積めばしらないが、基本的に原告としては一発勝負で経験を積めないので、彼の最強の武器である直感がほとんど働かないのだ。だからこんなゲームはしたくはなかった。

 

では何を頼りに裁判で戦ったかというと、彼が才能を振り回して戦ってきた"経験"だった。才能の及ばぬゲームは、経験で戦えばいい。彼が和解を蹴ると腹を括ったのも、そうしないとこの人生というゲームの残り時間が詰んでしまうと、経験からわかっていたからだ。

 

ネトゲ戦記のうち、ネトゲ部分の彼は才能だけを使って暴れたものであり、仕事部分は才能と経験を使って戦ったものであり(セガ時代は除く)、裁判部分は経験を主に使って戦ってきたものである。これが、人生というゲームにおける、彼の才能だと思う。