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ネトゲ戦記 第二部「グラニの資本政策」

グラニという名前がつくのは確か会社登記をする直前くらいだから、この頃はまだ名前がないが、新会社を作るぞ!ということで会社を飛び出した彼は、後にヴァルハラゲートという名前になるゲーム「purple」の設計をすすめていた。

 

なぜpurpleという名前かというと、三国志バトルのredが終わったら着手予定だったゲームblueに三国志バトルの要素も足した、red+blueだからpurpleがいいと、これは珍しく彼がつけた名前だったのだが、ではblueとはどんなゲームだったのか。「レイドバトルでゲームをつくる」というペラ1企画だ

 

ちょうどドリランドとかドラコレが大ヒットしていた頃で、gloopsの社内でもレイドバトルゲームを作ろうという気勢があったので、redが落ち着いたら俺らのチームでもレイドバトルを考えて作ってみようね程度のものだった。

 

「会社を立ち上げてどんなゲームを作りたいか考えてくれ」と言われたので、「redの三国志だけだとキャラに限界がある。ベースはredのGvGで漫画家やイラストレーターも使い、神話や英雄を全部載せにした、Fateみたいな感じにして、あとレイドも載せましょう」と彼が決めた。

 

彼は「名前に興味がない」が、「自分で生み出したものには自分で名前を付けてやる」というこだわりがあるので覚えている。ヴァルハラゲートの企画は彼が立てたので、彼が名付けた簡素で理屈だけなコードネーム「purple」なのだ。

 

ただ、谷直史さんの要望で北欧神話をメイン級に使ってくれとは言われた。三国志バトルの前に作っていたのがオーディンバトルというように、谷直史さんは北欧神話が好きなのだ。だから最初の最強SSRの1つがジークフリートだったし、谷直史さんのイチオシでヴァルキリーもリリース時に入った。

 

purpleの企画を一人で練っている数ヶ月は、彼は殆ど家から出なかった。家から出るのは、週に1回の寿司か、谷直史さんに呼ばれた時か、資料を買い集めに都内の大型書店を上から5つくらい回ったときかくらいだ。

 

時系列まで正確に覚えてるわけではなく、バラバラにあったことを覚えているだけなので、順番は前後するだろうが、まずこの頃、エンジニアと企画だけでの決起会があった。何故か麻布あたりの暗くて狭いバーで、谷直史さんの奢りで、相川雄太が仕切ってた。

 

たしかこの決起会みたいな飲み会だったか、そのあと詳細を詰めたかは思い出せないが、purpleはPHP言語で作ることに決まった。この決起会でもC#が素晴らしいしか話してなかったように思う河合宜文さんは猛反対したように思う。

 

なぜpurpleがPHPかというと、フレームワーク?となるソースコードを、グラニに参加するエンジニアの一人が提供できると。それは、もう潰れたベンチャーゲーム会社に参加していた時のもので、辞める時に、ソースは自由に使っていいと了承を受けたと。そんな説明だったと思う

 

多分これはコンプラがコンプラしていた。大人の事情がコンプラしてソースコードを提供する話コンプラは、彼はその後業界で何度か見かけたが、全てコンプラコンプラ。彼は、あれだけC#しかいやだと言っていた河合宜文さんがよく飲んだなあと不思議だったくらいだ。


ちなみに、彼が追い出された後くらいに河合宜文さんはPHPで完成しているヴァルハラゲートを、C#で一からリビルドしたらしい。コンプラも理由だと思うが、そもそもそういう条件で河合宜文さんを説得したのかもしれない。

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決起会のあたりで、資本政策を決めようということになった。資本政策とは「資金をどうするか」「株をどうするか」を決める事だ。そんなことすらも何も決まってないのに、彼はgloopsを辞めて企画を練っていたのだ。

 

貯金がいくらあるか聞かれたので、彼は正直に800万くらいですと答えた。すると、500万出してくれと頼まれたので、良いですよと二つ返事で、「無利子10年後返済」というクソのような契約書にサインした。この書類を用意したのは相川雄太で、渡す時ニタニタしてたのが不思議だった。

 

他に入倉孝大が300万出したという話だった。裏を取ったわけではないので本当かはしらない。谷直史さんは、金がないから自分は出せないと言った。この800万がグラニの開業資金となった。

 

また、株の配分だが、谷直史さんからの説明はこうだった。「俺は社長だから”51%を持たないといけない”。それと、協力してくれるコンプラがコンプラに渡す12%を一旦俺が預かる。だから俺の株式は63%になる」

 

「そして、俺の友達が2000万出資してくれると言ってくれている。この友達に20%の株を引き換えに渡す。そして、相川雄太くんが頑張るために1%欲しいらしいので1%。水原くんは10%で、入倉孝大くんが6%でどうだろうか。」

 

この話が出た時点で、グラニ参加予定者が一人抜けた。抜ける時にその人は「あなたはもっと株を貰うべきだ、こんな資本政策はおかしい」とだけ彼に言って抜けていった。その後谷直史さんと相川雄太が大慌てで彼に猫なで声で囁いた。「君にはあとできちんと報いるから」

 

彼はこう答えた。「株なんて失敗したらどうせ意味ないし、大成功したらそれはそれでどうでもいいじゃないですか。入倉孝大くんと俺は同じ仲間でしょ。同じ8%ずつでいいですよ。他もどうでもいいです」彼はカモで、ネギとガスコンロと鍋と調味料を背負い、カモネギ鍋のレシピを手に携えていた。

 

この話は、後で彼がグラニから追い出される経緯を説明した時に、lalha氏を含め、話を聞いた全員から「谷直史さんが悪いのは間違いないが、君もあまりにもカモ過ぎる。」と叱られた。でも彼はこの時本当にこう思っていたのだ。どうでもよくて、purpleの企画を練りたいから好きにしてくれと思っていた

 

彼も、今この条件で話を持ちかけられたら必ず断る。だが、この時彼はこう思ったからこうしたのであって、それは彼の人生の選択としては間違ってはいなかったのだ。歴史にも人生にも、もしもはない。ただ事実だけを記すべきだ。

 

これで調子に乗ったのか、谷直史さんは生活が苦しいから俺には給料を出していいかな?と聞いてきたのでいいですよとこたえた。こうして谷直史さんは、1円も出さず、給料をもらいながら、株式の63%をゲットし、新進気鋭のベンチャー企業の社長になった。プロデューサーとしての有能さがわかるだろうか?

 

ちなみに入倉孝大も、谷直史さんから「後で報いるから」を言われていたと、後に損害賠償請求裁判の証人尋問で判明する。谷直史さんはこの言葉を彼以外にも使っていたようだ。入倉孝大も多分報われていない。グラニを売却する時に、株式は谷直史さんだけが独占していた。

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