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ネトゲ戦記 第一部「HNMLS」

闇王を倒した頃と前後して、FF11にはHNMという、サーバで最強クラスのパーティでないと倒せない、倒すと3日くらい再出現しないモンスターが追加された。EQでCazic-Thuleあたりからはじまった、Raidモンスターだ。最初はカニ、虫、ロック、シムルグだったかな。

 

この頃のHNMLSの最先端にいたのがタル組だった。想像もつかないだろうが、この頃だと、カニ(King Arthro)や虫(Lumber Jack)でさえも超強敵であり、たしかNelaが負けるところを見た。タル組は盾が完全に安定するので少人数でも狩れるが、他は2倍の人数が最低でも必要だったので取り合いにならなかった

 

Shiva鯖において、HNMといえばタル組がメンテ明けにサクサクと刈り取って回る収穫物だった。そんなShiva鯖において、絶対に諦めなかったHNMLSリーダーがいる。Nelaだ。Nelaは、シムルグに勝てないが、シムルグを狩ろうとした。どうしたか。

 

FF11は、敵占有という概念があり、最初に攻撃したパーティがそのモンスターと戦う権利を持つ。名前が赤くなるのがそれだ。これは、後にFF11が行き詰まった頃、HNMLS同士の取り合いという形でまざまざと見せつけられるが、この頃はまだそこを厳密に争う必要がなかった。

 

Nelaは、その敵占有システムを放棄し、正面から勝てないシムルグをクロウラーの巣とのエリア境界線まで引き込み、エリアチェンジによるタゲリセットとヘイトリセットを利用してシムルグを12人くらいで狩り始めた。Nelaシムルグエリアハメ事件である。

 

この後、敵占有システムに関して様々な揉め事が起こり、それらすべてを見てきた経験から言うと、ここでシムルグを敵占有してない事を理由にかっさらうべきだった。Nelaに倒させるべきではなかった。彼は、UOで敵対ギルドを虐め過ぎたら敵がいなくなり、EQでCLR(ヒーラー)をした経験から優しかった

 

たしか、ハメでシムルグを倒すところを見守って、TellでNelaに「このクソ雑魚がエリアハメして恥と思わないってどんなスラムで育ったんだよお前は親から誇りというものを学べなかったのか」って送ったり、LS内でディアNelaとか呼んだり、他の有名LSリーダーに愚痴ったりしたくらいだったと思う

 

多分これがNelaに火を付けた可能性がある。このあとさらに1年くらい、Nela達はタル組の下位として、ずっと弱くなったHNMだけを倒し続け、しかしHNMLSであることをやめなかった。これが最終的に「引退したAposに7年間粘着するNela」を生みだしてしまうのだろう。

 

ここで完全に開き直ったのか、Nelaはその後も様々な自己中理論でシステムの穴を突いた。「カニトリガーキープ事件」は、カニの前トリガーであるKnight Crabを倒さずにキープし続け、「今取り合いになったら我々は勝てないから取り合いができない。だから我々は根比べで勝負したい」という提案である

 

バーミリオクロークの材料となるダマスク織物をタル組が市場に流さなかったこともあって、カニは他HNMLSもHNMに挑めるようになった取り合いの黎明期、最人気HNMだった。だから全部のLSがNela達を非難し、数日後、トリガーキープ禁止条約がShiva鯖HNMLSにおいて締結された。だがNelaはまだ続ける

 

「Fafスリプル事件」は、同じようにFafnirにスリプルを入れれば少人数でキープできるからと、自分たち以外がいなくなるまで少数でキープし続けて、その後都合の良い時間に狩るという戦法だ。これにもHNMLS一同で非難したが、この頃にはNelaは条約を結ぼうとはしなかった。それがNelaの本性だった

 

彼は、ゲームでそういうシステムの穴をついた、彼の思う卑怯なことまでして泥沼勝負をしたくなかった。同じことをやり返すことは可能だが、それは嫌だった。これも彼が圧倒的強者の立場にいたから、自分に都合のいいルールを押し付けようとしたのかもしれないが。

 

そうこうしているうちにCion事件が起こったり、FF11のHNMやエンドコンテンツの設計がファフニール以降様変わりしたりしていって、彼は引退するときまでどうでもよくなるが、このネトゲ戦記を書くにあたって背筋が凍ったことが有る。

 

彼はCion事件も解決し、セガへの就職も決まった2007年頃にはFF11をすっぱり引退し、社会人として頑張るためにMMORPGは足を洗うと決めた。その後転職のための研究も兼ねてブラウザ三国志にはまるまで、実際にゲームは家庭用ゲームを嗜むくらいだった。だから気づかなかったのだ

 

Nelaは、彼が引退したあとのShiva鯖で、ずっと彼の幻影と戦い続けていた。したらばでは、彼が引退したあとずっと、AposはまだFF11をプレイしており、Nelaに負けたメインキャラは捨ててサブキャラに切り替えただけだ、NelaはAposに勝ったと書き込みが続いていた。証拠を出せと言われてもガン無視だ。

 

そして、そんなApos粘着も7年間ほど続いて、ばったりと途切れる。"Nelaの引退と時を同じくして"。彼は背筋が寒くなった。Nelaならやる。証拠はないがこれはあいつだ、あいつの気配がする。引退したあと7年間粘着されてるとかどんなホラーだよ。

 

彼にとって、「最強のライバル」はLAPISであり、「最恐のライバル」はNelaであり、「戦わなかったけど多分戦ったら最強だったライバル」がlalha氏なのは、こういうわけである。彼がブラウザ三国志で、「彼なりに気持ちのいい戦い方」にこだわったのは、Nelaのトラウマがおそらく影響している。

 

そうやって振り返ってみると、最初のシムルグエリアハメは即座に占有を奪って倒させないべきだったのに、UOの経験からそれをしなかった。全てはつながっている。通して読めば、何故彼がその時そうしたのか、彼には納得がいく。通して振り返ってみたら面白かったから、ネトゲ戦記を書こうと思った。