空白雑記

暇つぶし

ネトゲ戦記 第二部「gloops」

セガから転職する先は、当時もっともナウでホットなMobageかGREE系統のベンチャー会社にしようと彼は思った。セガで大手に嫌なイメージしか無かったからだ。とりあえず面接にいったgloopsで即座に納得の行く内定が出たのでgloopsにすることになった。

 

セガでネトゲの経歴を抑えていた彼は、今後はそういう経歴もガンガン表に出して使っていこうと履歴書の備考欄に書いていたはずだ。指定された日に面接にいくと、面接官は谷さんだった。

 

たしか一番好きなゲームや、ネトゲの経歴、そこで面白かったこととかを質問されたように思う。一番好きなゲームは当時はクロノトリガーと答えたんだったか。今ならランス10だが。面接が終わると、谷さんは彼に「どうやら君は本物だ、うちのチームに来てほしい。それでいいなら上に通すが」と言った

 

彼はよくわからないのではいそれでいいですよと答えると、上長の面接官に交代した。そちらはゲームの話なんて全くせず、いつからこれるのかとか、給与はいくらが良いんだみたいなことを聞かれた。彼は思うままに生きようと思っていたので、給与は500万欲しいと大きく出たら、鼻で笑われた。

 

「へえ、500万だってね、狙えますよ、うちの会社なら。うちは半年ごとに給与改定があって、そこで最大評価を取れれば、年収500万、なりますよ。最短3ヶ月でいけますね。だけどそれまでは君は今はこれくらいですね」「わかりました」この約束がグラニ設立につながるとは、思いもよらなかっただろう

 

働き始めてみると、gloopsはセガと真逆の会社だった。毎日が高校の文化祭の前夜のようだった。そこにはルールも前例もなく、仕様書の見本すらなかった。体力がありそうというだけで元営業のゲーム業界志望者を適当に雇って企画にして、使えなかったら試用期間で切るような凄い現場だった。

 

だから、セガ時代には咎められた彼のルールを無視して好きにつくった仕様書は、むしろ「仕様書がきちんと実装するために用意されたのはこの会社では初めてだ、しかも仕様書通りに作ればちゃんと作れる、奇跡だ」とエンジニアに感動された。そんな会社だった。

 

それでも会社の皆は熱に浮かされたように野心に燃えていた。セガはボスの顔も見えないしルールも曖昧な会社だったが、gloopsはルールは「勝てばいい」だったし、ボスは皆を鼓舞しにビッと決めたスーツを来てたまにフロアを回って社員を激励していた。

 

彼も三国志バトルをリリースした頃、トイレで顔を洗って歯をみがいていたら、ケツをモミモミィ!と力強く後ろから揉まれて、ヒイ!と後ろを向いたら社長がいた。両肩をガッッシ!とつかんで振り向かされ、ガクガクと体を揺すられながら「聞いてるよ水原くんだろ!すごいんだってな!」と言われた

 

こういうのが一番効きそうにないと思われるだろう彼でも、へー俺の名前って社長にまで伝わってて、こんな風に褒めに来るんだと嬉しくなったのを覚えている。

 

当時のノーガードだから出来たことだろうが、すべてのプロジェクトの資料が全社員に公開されていた。彼は面白くなってむさぼるように売れているコンテンツの資料を読み漁った。2つ目を見ると気づいたが、マスタが全部のプロジェクトで流用されていた。彼は笑った。

 

SVN、今だとGitか。バージョン管理すらされてない恐るべき状況だった。誰かが悪意を持ってガチャマスタをいじれば会社を破滅させられたかもしれない。すげえなとビビったのを覚えている。

 

ファンシーでシンプルな箱庭ゲーでは、流用したマスタのうちスキルシートだのが全部黒く塗りつぶされて、未使用シートとなっていたが、削ると動かなくなるのが怖いからと上から塗りつぶしただけで残されていた。部署やプロジェクトごとで分けられていたセガ時代からは考えもつかない

 

それは人事についてもそうで、谷さんのチーム(オーディンバトルチーム)には企画として彼、入倉、相川の3人がいたが、彼と入倉は本当に企画だったが、相川は企画の仕事はしてなかったように思う。いつも会社で日経新聞を読んでいるだけで、あいつは何の仕事をしてるんだろう?と不思議だった。

 

相川は彼を追い出した後のグラニで副社長になっていた。相川はコアメンバーと言ってもヴァルハラゲート開発にも一切関わらず、谷さんの鞄持ちとしてついて動いていた。今思うと谷さんはいつかくる独立のために、企画ではなく副社長候補として相川を手元においていたのかもしれない。

 

マスタを一通り読んで、理解できたと谷さんに伝えると、オーディンバトルの企画としていろいろと仕事をふられた。ニコ生のイベント放送用の準備をしてスタジオまでついていった帰りに安い立ち食いピザで乾杯したのが懐かしい。その後、ラグナロクという新イベントを作ってくれと言われた

 

ラグナロクはオーディンバトルのイベント予告にずっとあった目玉イベントで、彼も気になっていた。で、どういうイベントなんですか?と聞くと、イメージしかなくて、何も出来てないという。でもそろそろやらないといけないから来月やりたいと。君になら作れるから全部任せる、と。なかなか激しい。

 

かれはセガで腐っていたのが一番の不満だったので、全部任せてもらえるのは本当に嬉しかった。それまであったマスタの範囲で作るのはしんどかったがなんとか作り上げ、イベントは大成功した。そうすると谷さんに別室に呼ばれ、「やはり君は期待通りだった。次は三国志バトルを見てくれないか。」

 

三国志バトルは、オーディンバトルの三国志版として、彼の入社前から立ち上がっていたらしいプロジェクトだった。リリースはその時点で2ヶ月とちょっと先だったかな。どんなものか見てみますと答え、三国志バトルのフォルダを掘った。何も出来てなかった。落書きみたいな仕様書が2枚しか無かった。

 

えっ!?となって三国志バトルのエンジニアに、これ何も出来てないですよね?って聞くと、出来てませんよ?と言われた。リリースできないですよね?と聞くとたぶんね?と言われた。エンジニアはずっと暇つぶしにプログラムの本を読んでいて、本が積み上げられていた。目が死んでいた。

 

彼は谷さんを呼び出して現状を伝え、「リリースに間に合うかはわかりませんが、全部を1から、マスタも流用するのは新機能を作ったりするのに使いづらいので、マスタも1から俺にやらせてくれるなら、やるだけはやってみましょう」と言った。次の日三国志バトルチームに加入の挨拶をした。