空白雑記

暇つぶし

ネトゲ戦記 第二部「SEGA」

ついにタル組への責任も果たし、FF11から解放された彼は、残りのモラトリアムを三国志大戦2に費やした。1年で100万以上使った。取りたての免許と親の車で西大寺にあった24時間ゲーセンキャノンショットに行って夜通し遊び、夜明け前に車を戻したりしていた。

 

だがもうモラトリアムも終わる。就職活動の時だ。攻略本を作るのにも飽きてきたし、ゲームが作りたいなということでゲーム会社だけを狙い、練習で電通や三大出版社やTV局を受けた。当時はそれらはとても早くから就職試験をしていた。

 

電通の面接に行ったら、5人で十分でアピールしてくださいと言われ、手前の体育会系が3分くらい喋ったせいで1分しか貰えなかったのが印象深い。電通さんには理不尽を教えていただいた。ゲーム会社では、大学時代にしてきたことで、作った攻略本6冊を持っていったら、話が早かった

 

カプコンとセガとコーエーテクモから内定をもらった。独り立ちしたいのと東京に出たいので、コーエーテクモの社長面接でDOAXの次回作に入れようと思ってるスケベ機能について熱く語り合ったのに後ろ髪引かれる思いがあったが、三国志大戦作りたいのでセガにした

 

しかし希望の配属先には行くことができず、家庭用ゲーム機の部署になった。それも彼が最も遊ばないスポーツゲームの部署だった。新人研修でマナー講師に習ったお茶の入れ方は一度も使う機会がなかったし、ジョイポリスで立たされたのも何の学びもなかった。いや、理不尽さをまた教わった。

 

説教が始まると最大2時間になると噂の話の長い上司がいたが、彼が1番真面目にゲームに向かい合ってた人だと思う。この映画を参考に見ろと言われて見に行ったら、映画館でバッタリ会い、勧めたからには自分も見ておいてお前が見たかチェックするつもりだったとカレーを奢ってもらいながら聞かされた。

 

セガはよくゲーム専門学校だと言われる。それは、セガで一通り学んだあと辞めて他の会社に行く人が多く、元セガはいろんな会社にいるからだと。彼がいた頃のセガの印象は、野心がある人間ほど耐えられない会社だった。ギラギラした人がすぐいなくなる。

 

彼も新卒だったので先輩の言うことは聞こうという思いはあり、ギラギラした先輩に、「お前ネトゲでなんか凄かったとからしいけど、そんなの傘にきても仕事じゃ使えねえからな」と釘を刺されたので出来るだけ大人しくするよう気をつけていた

 

しかし、大人しくしてると仕事はつまらない。投げられた仕事はサクッと答えが見えた。仕事場には勉強にプレイして良いとゲーム機があったので、昼休みの後2時間くらい遊んでいたら、呼び出されて説教された。社会とはそういうものだと知った。結局彼以外は昼休みか就業時間後しか遊んでなかった

 

あとは、雑誌の管理係にも立候補し、管理してるという名目ですべてのゲーム雑誌を読めたのは良い暇つぶしになった。なるほど専門学校かもしれない。それでもゲームのシステムを設計するのやアイデアをまとめるのは好きで、評価もそこそこされ、仕事の基礎は学べた

 

ちょうどモバゲーとかの、ポチポチゲーが流行ってた頃、ブラ三にハマり始めていたのもあって、これからはネットゲームですよと企画書を書いて出したら、部長にペラ読みしてこれはうちの部署の担当するジャンルではないと目の前でゴミ箱に捨てられた。なるほどなあ。転職して見返すことにした

 

転職、自分から安定を捨てて大海原に漕ぎ出すという行為は、成長に必要なんだと思う。少なくとも転職して芽が出た人にとっては。セガ時代に尊敬する企画はいなかったし、デザイナーもいなかったし、説教の長いプロデューサーを尊敬してたくらいか。エンジニアは組んだ2人がすごく尊敬できた。

 

その2人も当然のようにセガを卒業していったので、まあセガ専門学校という評価はむべなるかな。縦割りの派閥が強すぎて、彼が居た頃のセガは野心があるほど閉塞感が凄かった。今はどうなってるか知らない。セガのゲームを遊ぶとムカムカするようになったので彼はそれからは遊んでない。アトラスは別

 

転職を決めてからは会社での仕事は最低限にこなし、あとはずっと堂々とブラ三をしてた。彼の持論として、他人から隠れて仕事場でゲームをする奴はカスだが、堂々とプレイするのは漢理論はこの時生まれた。おかげでブラ三の戦争も一日中戦えて、全てに勝利した。金を貰いながら勉強できて楽しかった