空白雑記

暇つぶし

ネトゲ戦記 第三部「はじまりの日 」

 

それは、新社屋に引っ越しが完了した最初の日だったと思う。前の社屋は、後に副社長になる相川はインタビューか何かで「豚小屋」だと呼んでいたが、家に帰って寝てる時間以外の半年の殆どを過ごしたのだから愛着もあった。

 

新社屋は六本木交差点のそばで、きちんとしたオフィスビルだったので出社したときにワクワクしたのを覚えている。朝方になると出社してきた谷さんに、新人として谷さんの友人だとかいう人を紹介され、水原くんが倒れたり新しいプロジェクトに行ったりできるようにと、引き継ぎを頼まれた。

 

たしか夕方くらいまでかかっただろうか。彼は馬鹿正直にマスタや資料に注釈を入れて、誰にでも引き継げるように用意をした。用意が完了したと告げると、谷さんが「今後のグラニについての幹部会議をするから幹部だけ残って、それ以外は今日はもう退社するように」と言った。

 

幹部としてその場に残ったのは水原、谷、相川、入倉、福永、河合だったかな。なるほど幹部会議か、自分も取締役になったのだし心構えをしないとなとか思いながら、皆が集まるまで椅子をギコギコと漕いでいたのが何故か記憶にある。

 

開口一番、谷さんはこういった。「さっき言ったのは嘘だ。実は水原くんには会社を辞めてもらおうと思う。俺は、俺に一度でも逆らった人間を会社に残したくないと思った。だから辞めてもらう。今ここに残ったみんなにも既にそれについては了承をとってある」と。

 

一瞬、彼には何を言われたのか理解できなかったのだと思う。固まって、言葉を解釈するまで何秒かかったか。何も言えないでいると、谷さんは「どうしてもこの会社に残りたいならアルバイトとしてなら雇ってやっても良い」とか言っていたと思う。

 

谷さんに逆らったと言うと、それは2ヶ月前の大げんかのことを言っているのか、それはもう仲直りしたんじゃないのか、喧嘩を乗り越えて自分たちは成功したんじゃないのか。みんなに了承を得ている?引き継ぎをしろと言って彼に作業させたのは彼を追い出すため?思考がぐるぐると回る

 

彼は人生ではじめて腰が抜けた。腰は本当に抜けるのだ。足がガクガクと震えるやつの極みが腰が抜けるというやつで、足が震えすぎて立てない。椅子に座っていることすらできなくて、椅子から床に崩れ落ちた。

 

彼は「逆らったって、あれはもうお互い納得したんじゃないですか」と言ったが、これだけのことを切り出すのだから、当然それは想定された問答だったのだろう。「ああ、そうだな、だが気が変わった。君には辞めてもらう」取り付く島もないとはまさにこのことだ

 

「あの、えと、僕はそこまで谷さんが怒ってるとは思わなくて、すいませんでした、すいませんでした」そういうふうなことを床に這いつくばりながら言ったように思う。あまりにショックすぎて、飛び飛びにしか彼も覚えていない。思い出すだけで胸をかきむしりたくなる。

 

そこから、家に帰るところまで記憶が飛ぶ。どの道を歩いて帰ったのかもわからない。家につくなり、ベッドに突っ伏して気絶した。1時間ほどして気がつくと、これまでの人生で最も強い怒りを感じた。無給で働いていたし、会社に500万を貸し付けたので貯金もない。谷さんはきっと彼を死なせたいのだ

 

その時、何ができるかわからないが、絶対に谷さんとは決着をつけると天に誓った。揉めて喧嘩したときに辞めたならここまでの怒りを彼は持たなかっただろう。成功するまで彼に働かせ、一番都合のいいときに、だまし討ちまでして彼を利用したのだ。命にかけて許せるわけがない

 

こういうときは法律で戦うしかないと思ったので、弁護士をピックアップして、次の日の朝一で電話できるよう調べて、それから寝ようとした。全然眠れなかった。気を失うまでずっと誓い続けた。谷さんと絶対に戦う。この戦いを自分から降りるときは、死ぬときだ。布団の中でつぶやき続けた