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ネトゲ戦記 第一部「闇王討伐」

闇の王に初めて挑んだのはレベル50のときだったが、明確に「今のレベルでは勝てない」とわかったので1回しか挑まなかった。それより、レベルが上がったときにすぐに挑もうというのがタル組の方針だった。

 

たしか、クロウラーの巣に、ロランベリーをトレードするとネームドの芋虫が湧くクエストがあって、レベル50のときにこの芋虫がとてとてだったので、これを用意しておけばひっきりなしに倒せるだろうと、ロランベリー800?なにか数字のついたアイテムをダース単位で大量に用意しておいた

 

55の限界突破クエストをクリアしたあとは、巣にこもってアライアンスでネームド芋虫を狩り続け、Shivaでは最速で55になった。55になったら闇の王だ、ということで主力メンバーが55と保険をある程度稼いだ時点でズヴァールに向かった。

 

闇の王は一回目の挑戦で第一形態を突破したが、第二形態があるなんて思ってなかったので即座に全滅した。キレ散らかしてGMCALLしてお前ら倒させる気がないのかと文句を言ったのを覚えている。

 

この頃のFF11での強敵との戦いは、「いつどれだけ攻撃にスパートをかけるか」と「メイン盾がタゲを保持し続けられるか」というゲームだった。少なくともタル組(盾がAposしかいない)においてはそうだった。

 

タル組が何が強かったかというと、「チャットフィルターなどについては最適な設定が共有され、チャットを追えないやつは居なかった」ことと、「Aposの指示に従い戦う」この2つだったと思う。

 

指示といってもすごく単純なもので、「@@@@111111@@@@」とAposが発言すると攻撃を控えて温存。「@@@@222222@@@@」とAposが発言すると、あとのことを考えず攻撃をしてよい。ただこれだけだった。

 

特にHNMは、HPが減るほど特殊技を連発してくるので、「トドメまで押し切れるまでスパートをかけない」「このままだとラストまで走りきれないときは休憩する」、これが彼には感覚で見えていたのが他LSとの違いだったのではないかと思う。

 

話を戻すと、闇の王が第一形態で終わると思ったから「@2@」を出したのであって、第二形態があるとわかっていれば倒せると思ったから、次の日にもう一度挑み、今度は第二形態まで倒しきった。全鯖で初だった。

 

初めて倒したときのパーティはナ白白黒黒黒だったが、シーフのMatarinuや戦士のBaldr、狩人のHiyorinnと黒を入れ替えても普通に一度も負けずに倒せた。特に当時のシーフや狩人は弱かったので、MatarinuやHiyorinnを混ぜていくときは、こりゃ負けるなーとか冗談を言いあったのを覚えている。

 

闇王が討伐されたというニュースは全鯖を駆け巡り、一気に挑むパーティが増えたが、2,3日はなかなか他に倒せるパーティは出てなかった。ところが、全鯖に「Apos戦法」という戦い方が広まって、一気に闇王は倒されるようになった。

 

Apos戦法とは、最初に倒したタル組のメンツに、ナイトのAposと戦士のBaldrがいた事から推察した奴が編み出した、「盾2枚で挑発を交互に繰り返し、闇の王をお手玉する」という戦法だった。誰が見つけたのかしらないが、なぜか彼の名がついた。

 

誓って言うが、彼はそんな戦法は一度も使ったことがない。ナイトとして単純に最適な行動を取り続け、一度もタゲを揺らさなかっただけで、そんなピンポンなんてハメ技は一度も使ったことがない。自分たちがタゲ固定して倒しきれないからといって、ハメ技に勝手に彼の名前を付けたことを今でも許してない

 

今思えば否定すればよかったのかもしれないが、かといって最適に行動したナイトのほうが安定するとバラしてHNMが取り合いになっても嫌なので黙っていたが、本当に許してない。勝手にズル技にApos戦法とか名付けた人は謝ってください

 

そういえば、数日遅れて、やはりピンポン戦法で倒したNelaがジュノで「おめでとう俺」とかいちいちシャウトしたのはずっと笑い話だったが、それから10年後に当時を懐かしんだブログのなかで、ナイトではなくて欠員がでたパーティに黒で混ぜてもらって倒しただけと真相を知った。

 

闇の王を倒した後は、Sage Sundiと対談がゲーム内で秘密裏に行われたり、トリビューンの取材があったり、ファミ通の取材があったりと忙しかったが、FF11が一番楽しかった頃だった。あの頃はHNMを倒せるのはタル組だけで、湧き待ちも取り合いもなかったから。