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ネトゲ戦記 はじめに

ネトゲ戦記

 

または高校中退して伝説のネットゲーマーとなった俺が、ゲームクリエイターになってベンチャー会社を立ち上げたら裏切られて死にかけて、7年かけて逆襲し6億円をゲットした件

 

この物語はノンフィクションです。

 

俺はSAOやオーバーロードは物語としては面白いと思うし好きなのだが、実際に最前線のネトゲ廃人だった俺の感覚に近いものは一つとしてない。オーバーロードはよくて中堅プレイヤーに見えるし、SAOは下っ端の見た夢に見える。もちろん、あえてそう書いてるのかもしれない。いい機会だし、ある1人のネトゲ廃人の業績に関する覚書をまとめて、本当のネトゲ廃人の半生を物語りたいと思う。

 

物語は三部からなる。


第一部は幼少期。
何の因果かレアな個体に生まれてしまい、小学生の頃IQテストで理論最高値?をだした俺に、両親はお受験を押し付けた。幸い東大寺学園中学に入学したが、自我が芽生えて高校で中退した。


UOにはまり、ネトゲ廃人となった。asuka鯖のtouyaとして、多分最強のプレイヤーだったと思う。何故そう思うかは物語の中で語る。隣のYamato最強だったLAPISとは、別のゲームACでやりあって勝ち逃げを決めた。攻略本を作ろう、お前なら作れると誘われたので、UOビギナーズガイドからはじまるUOの公式攻略本を6冊くらい書いた。


次にハマったFF11ではshiva鯖のAposとしてプレイしていた。最初に初期ラスボスを倒したということでスクエニから取材されたりファミ通から取材されたり、ライブカメラに毎日ストーカーされて中継されたりした。楽しかったが飽きた頃に辞められない理由ができてしまい、1年と少し責任を果たすために続けてから辞めた。多分FF11の初期でも俺は最強だった。


第二部は青年期
攻略本を作るのに飽きて、ゲームが好きだしゲームクリエイターになりたいということでセガに就職し上京して独り立ちした。セガには5年ほどいて家庭用ゲームを作っていたが、ブラ三にはまってネトゲの企画書を書いてだしたら、ペラ見した部長に目の前で「これはうちの部署で作るゲームではない(ネトゲは違う部署だった」と捨てられたので、こいつらを見返してやるとgloopsに転職した。


面接官だった谷さん(後のグラニ社長)の下につき、三国志バトルの立ち上げのヘルプに入ってディレクターの席を奪ってリリースして成功が見えた頃、谷直史さんに「君の才能はこの会社では燻るだけだ、君の為に会社を作ってあげるから一緒に独立しよう」と誘われたので面白そうだから乗った。


グラニの立ち上げには色々なことがあった。だいぶ色褪せたが、本当に楽しかったように思う。できるだけ客観的に物語るようにしたい。無事ヴァルハラゲートをリリースできて、俺も取締役に就任し、一息つくかというところで裏切られ一文なしで放り出された。死にかけた。


余談だがブラウザ三国志では空白日記でブログランキングはずっと一位だった。ゲーム自体は出遅れて25鯖参加だったかな?多分やり合えば最強クラスだったと思うが、ゲーム内の実績としては後半の鯖を統一しただけ。

 


第三部は壮年期
騙し討ちと裏切りで死にかけたが死ななかったので、必ず決着が付くまで戦い抜くと自分に誓った。それから7年かけてグラニを相手に5つの裁判を戦い抜き、最終的に勝利し6億円ほど勝ち取って、俺に負けたせいでグラニは実質倒産した(被告書面より)。グラニは俺の為に生まれ、俺の手によって死んだ。


途中でgloopsでソウルサークル作って更なる地獄を見たり、cygamesで働いて生まれて初めて円満退社したり、色んなことがあった。勝ててよかった。


人生をかけた裁判のストレスを感じなくて済むようになったのは7年ぶりなので、これからの自分の人生を楽しむために、ここまでの半生をまとめたいと思う。人に語って聞かせてこそ物語になるのだと思うし、昔の馴染みが聞きつけて話に混ざってくれたらと思う。


知り合いじゃなくても、俺に共感できる人、自分こそは俺よりも上の伝説のネットゲーマーだという人が居たら是非話しかけて欲しい。もし居るならその人と話してみたいと思う。


と思ったら谷さんがやりたいから最高裁上告やるらしい。人生初最高裁ですね。そっちも進展あったらお知らせします。

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